お読みあそばせ

見さらせ わがはいの人生

疲れが取れてきて気づきが増えてきた

家用のメガネの掛け心地が悪い。と思うようになった。
ツルに骨が入ってない、やわらかい眼鏡。鼻あてがシリコンなのも楽で好きだったんだけど、シリコンが劣化してるし、レンズの間にゴミが見える。鼻あては在庫があれば交換してもらえるけど、JINSだからどうかなという感じ(かなり前の商品なので)。

もうひとつちゃんとしたメガネもあるけど、そっちはズレないし、掛け心地も悪くない。ただヘッドホンにめちゃくちゃ干渉するので耳が痛くなる。

なんか、居心地の悪いことに突然気づくこと、あるね。

無意識に我慢していたこと

よく「食べたいものない?」と母に聞かれる。ないことが多いけど、候補をあげるとき、わりと母の顔色を伺っているかもしれない、と気づいた。

そもそも自分は食事に対する欲求が、多分、他人より低い。私はカレー、餃子、からあげ定食、サラダ丼、焼魚定食、みたいなループでも全然いいんだけど、母は同じものを食べるのが苦痛なタイプだ。毎日違うものが食べたいし、作り置きも苦手だし、ちゃんとおいしいものが食べたい人なのだ。
なので「自分はなんでもいいけど、母はそうじゃないから、母の好きなもの食べに行ったほうがいいんじゃない?」となる。

実際それでいいんだけど、歳を重ねて母は母で「夜は小麦粉を控えたい(難消化性)」とか「からあげ定食はちょっときついかも〜」という変化が出てきて、無意識にそのへんを配慮しているな!? と、気づいたのだった。

わたしはからあげ定食とかレバニラ定食が食べたいけど、どうしても食べたいわけじゃないし、母ちゃんはそういうの食べたくないだろうな、という考えがよぎって、「レバニラ食べたいっす」と伝える前に頭から除外してた。

なんか、そういう、小さなもにょりが蓄積して気づいたので、もにょりが小さいうちに、食べたいものを積極的に伝えて発散していったほうがいいな、と思ったのだった。

その日、晩ごはんは「野菜炒めが食べたいです」と言ったのに、出てきたのは回鍋肉だった。違うじゃん(笑)。

ちまちま作っている境界戦機のニュウレン

年齢を重ねて自由になったこと

「おばさんになると、似たような格好・髪型をチョイスしがちだが、それには理由があってだな(超意訳)」という文を読んだ。年齢のせいで選択肢が狭まっている、みたいな。

自分はずっとおかっぱだし、基本的にゆるい服が好きだし、サングラスも濃い色(ミラーである)をずっとかけてて、その意見に否定はないけど、選択肢が狭くなった感じはしない。
どちらかというと、自由になった感覚のほうが強い。

化繊の服を避けるようになったのは、洗濯がめんどう……なのもあるけど、化繊の服より自然素材の服のほうが体が楽だと気づいたからだ。
おしゃれなパンプスも避けるようになった。足が疲れるし、汚れたら悲しいし、靴擦れも嫌だし。
服に関しては同じ服を色違いで買うことも増えた。

そういうことを、選択肢が狭まった、というより、「自分に合うものがはっきりしてきて、選びやすくなったな」と思う。
クローゼット開けても、整然と好きで似合って気に入っているものが入ってるので「ウム…」となるし、そういうものはたいがい、長く使えていい。選ぶ労力が減るということは、いまは心に余裕ができることと同義なので。